大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和60年(ワ)2493号 判決 1988年4月28日

原告 豊栄興産株式会社

右代表者代表取締役 野口文雄

右訴訟代理人弁護士 仲田晋

同 須黒延佳

被告 太陽信用金庫

右代表者代表理事 豊島勝治

被告 鷲塚靖

右被告二名訴訟代理人弁護士 本渡乾夫

本渡章

被告 白取勉

主文

一、被告太陽信用金庫及び被告鷲塚靖は、原告に対し、各自金一〇〇〇万円及びこれに対する、被告太陽信用金庫においては昭和六〇年三月二〇日から、被告鷲塚靖においては同月二一日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告太陽信用金庫及び被告鷲塚靖に対するその余の請求を棄却する。

三、原告の被告白取勉に対する請求を棄却する。

四、訴訟費用は、原告と被告太陽信用金庫及び被告鷲塚靖との間においては右被告両名の負担とし、原告と被告白取勉との間においては原告の負担とする。

五、この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、請求の趣旨

1. 被告らは、原告に対し、各自金三〇〇〇万円及びこれに対する、被告太陽信用金庫においては昭和六〇年三月二〇日から、被告鷲塚靖においては同月二一日から、被告白取勉においては同月二四日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告らの負担とする。

3. 第1項につき仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁(第3項は被告白取勉のみ)

1. 原告の請求をいずれも棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 仮執行免脱宣言

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 被告鷲塚靖(以下、「被告鷲塚」という。)は、昭和五一年四月から昭和五六年一月まで被告太陽信用金庫(以下、「被告金庫」という。)の台東支店次長の地位にあった。

2. 被告金庫は、訴外和泉英子(以下、「和泉」という。)との間で、昭和五二年一二月二一日、信用金庫取引契約を締結し、それと同時に、別紙物件目録記載の土地(以下、「本件土地」という。)について和泉を債務者、被告金庫を権利者とし、極度額を金三〇〇〇万円とする根抵当権を設定する旨の契約を締結した。

なお、本件土地の所有者は原告であり、したがって右根抵当権設定契約の相手方当事者も原告である。

3. 原告は、昭和五四年五月二二日、和泉に代わって、被告金庫に対する同人の債務金三〇〇〇万円を弁済した(以下、これを「本件弁済」という。)。

4. 被告鷲塚、和泉の内縁の夫である弁論分離前被告広尾信義(以下、「広尾」という。)及び広尾と親交のある弁護士の被告白取勉(以下、「被告白取」という。)は、いずれも、本件土地が登記簿上は訴外大谷洋生(以下、「大谷」という。)の名義となっているもののその実質上の所有者が原告であることを知悉し、また、本件弁済が、原告において本件土地を訴外マルカ建設株式会社(以下、「マルカ建設」という。)に売却したため、根抵当権をはずす必要から右売却代金の内金三〇〇〇万円を充当する形で行われたことを熟知していながら、共謀の上、昭和五四年五月二二日ごろ、本件弁済を原告による弁済として処理することなく、大谷から弁済を受けたこととして、当時被告金庫が、本件弁済によって消滅した和泉に対する債権の保全のために保有していた一切の担保(別紙担保目録記載のとおり、金三〇〇〇万円以上の価値を有する。)について、原告に代位させることなく、広尾に返還し、これを消滅させた。

5. 前項記載の被告らによる原告が有する法定代位権の侵害により、原告は代位権の行使が不可能となり、それによって、実質的には和泉に対する求償権を行使することも不可能な状況に陥ったのであるから、金三〇〇〇万円相当の損害を被った。

6. 前項記載の被告鷲塚の行為は被告金庫の事業の執行につき行われたものであり、同被告は民法七一五条の責任を免れ得ない。

よって、原告は、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として各自金三〇〇〇万円及びこれに対する各本件訴状送達の日の翌日である、被告金庫においては昭和六〇年三月二〇日から、同鷲塚においては同月二一日から、同白取においては同月二四日から、それぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 被告金庫及び被告鷲塚

(一)  請求原因1の事実は認める。

(二)  同2の事実のうち、前段は認め、後段は否認する。本件土地は大谷の所有である。

(三)  同3の事実のうち和泉の金三〇〇〇万円の債務が弁済されたことは認めるが、弁済したのは原告ではなく、大谷である。

(四)  同4の事実のうち、被告らの身分関係、本件土地の名義が大谷名義となっていたこと、本件土地がマルカ建設に売却されたこと、本件弁済が大谷によりなされたものとして処理したこと、原告主張の別紙担保目録記載の手形を広尾に返還し、後記の和泉及び広尾名義の預金についても原告に代位させないで処理したことはそれぞれ認め、その余の事実は否認する。

被告金庫、同鷲塚は、本件土地が、登記簿上大谷の名義となっていることからしても、同人の所有であり、原告は単なる不動産売買仲介者にすぎないと信じていたものであり、本件弁済についても、右弁済金はマルカ建設から直接送金されてきたものであって、原告からの弁済である旨明示されたことはなかったのであるから、本件弁済が本件土地の所有者である大谷によって行われたものと信ずるについては何らの過失もない。また、前記手形等の処分については、大谷及びその代理人である被告白取の指示によるものであり何ら問題はない。

なお、被告金庫が昭和五四年五月一九日当時保有していた和泉名義の預金は当座預金一万六九九一円、定期積金一九〇万円、別段預金七〇万円であり、原告主張の定期預金五〇〇万円は広尾の預金である。

右預金はいずれも拘束性のものではなく、また、右手形は手形割引に対する債権自体の証書であって、たとえ本件弁済により右手形が買い戻されたことになっても、代位の対象となる担保には到底当たらない。また、当時、被告金庫が和泉に対して有した債権は合計金三七六〇万円だったので、仮に原告が代位権を有するとしても、本件弁済後の残金七六〇万円に対応する担保については代位によって取得できる利益はない。

(五)  同5の事実は否認する。

なお、原告主張の手形等の担保価値は、到底、金三〇〇〇万円には達せず、また、原告の和泉に対する求償権は依然として存続している。

(六)  被告金庫

同6の事実は認め、被告金庫が民法七一五条の責任を負うことは争う。

2. 被告白取

(一)  請求原因1の事実は認める。

(二)  同2の事実は認める。ただし、被告金庫が、本件土地の所有者及び根抵当権設定契約の相手方を誰と認識していたかについては不知。

(三)  同3の事実は認める。

(四)  同4の事実のうち、被告白取が、同鷲塚、広尾と共謀の上、原告主張の担保の処理等に関与したことは否認、被告鷲塚が本件弁済の当事者を誰と認識していたかについては不知、その余の事実は認める。

被告白取は、大谷の代理人として、同人の権利を保全するために(大谷と原告及びマルカ建設間には、本件土地に関するトラブルを巡って、根抵当権等抹消のために要する費用が金三〇〇〇万円以内で納まるときはその残金は大谷が取得する旨の合意が存在したので、残金の有無や割引手形の存否等につき調査の必要があった。)、昭和五四年五月一九日、大谷と共に被告金庫を訪れ、そこで広尾、被告鷲塚と会談したことはあるが、その際にはマルカ建設から被告金庫に送金がされたならば、根抵当権を抹消すること、その段階で領収書を右会社に送ることの合意がなされただけであり、被告白取は、同鷲塚に対し、和泉関係の融資金額や被告金庫が保有する割引手形等の明細を知らせるように要請し、右記載のコピーを受領したことはあるが、右割引手形を誰に引き渡すべきか等については一切触れておらず、その後、被告金庫と同白取とは何の交渉もない。

(五)  同5の事実は否認する。

三、抗弁(被告白取)―時効の完成

仮に、原告が被告白取の不法行為を知った時期が、被告鷲塚による別訴における本件に関連した証言を聞いた昭和五六年九月一一日であったとしても、右時期から三年が経過した。

よって、被告白取は、本訴において右時効の利益を援用する。

四、抗弁に対する認否

抗弁事実は認める。

五、再抗弁

1. 時効の中断

原告は共同不法行為者である被告金庫に対して、昭和五九年九月一〇日、本件不法行為に基づく損害賠償の請求をし、昭和六〇年三月八日に本件訴訟を提起したのであるから、被告白取主張の時効は完成していない。

2. 時効援用権の濫用ないし信義則違反

原告が被告白取に対して本件不法行為に基づく損害賠償請求を提起するのが遅れたのは、昭和五七年一二月二二日大谷と原告及び原告代表者野口文雄(以下、「野口」という。)間において、本件弁済によって原告が取得した求償権を実行して得る金員により大谷は野口に対して有する債権金五七〇万円の弁済を受ける旨の裁判上の和解が成立し、右和解において、さらに、原告代理人のみならず、大谷の代理人であった被告白取も、本件求償権の実行について原告から委任を受けた上で債権の誠実なる回収に関与する旨の合意が成立していたことから、被告白取による同金庫、和泉、広尾らへの訴訟提起を期待していたからであり、右のように本件求償権の実行につき本来重大な責務を負うべき被告白取が右求償権侵害の不法行為による損害賠償請求について時効完成の抗弁を提出することは時効援用権の濫用ないしは信義則違反に当たり、許されるべきではない。

六、再抗弁に対する認否

1. 再抗弁1の事実のうち被告金庫に対する請求の事実は不知。

なお、共同不法行為において、一当事者への請求を他の当事者に対抗することはできない。

2. 同2の事実のうち原告主張の和解の成立は認め、その余は否認ないし争う。

なお、本件求償権の行使については、その後原告から被告白取に対して何らの連絡もなく、不誠実を極めていたものである。

第三、証拠<省略>

理由

一、被告鷲塚及び被告金庫に対する請求について

1. 請求原因1の事実、すなわち、被告鷲塚が昭和五一年四月から昭和五六年一月まで被告金庫の台東支店次長の地位にあったことは当事者間に争いがない。

2.(一) 請求原因2の事実のうち、被告金庫が昭和五二年一二月二一日に和泉との間で信用金庫取引契約を締結し、それと同時に本件土地について和泉を債務者、被告金庫を権利者とし、極度額を金三〇〇〇万円とする根抵当権を設定する旨の契約を締結したことは当事者間に争いがない。

(二) そして、成立に争いのない甲第一号証、甲第一五号証(原本の存在も)、原告代表者、被告白取及び被告鷲塚の各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次のとおりの事実を認めることができる。

(1)  原告は、不動産の売買、仲介、建物管理を業とする会社であり、野口はその代表者であるが、野口の親戚である大谷が三鷹市所在の自己の所有にかかる本件土地を処分し、代りに自己の勤務先に近い横浜に家を買う希望を有していたことから、昭和五二年六月ころ、原告は、大谷との間で、本件土地を代金三九五〇万円で購入する旨の売買契約を締結したが、本件土地は雑木林であったため、まず原告が本件土地を造成してこれを他に売却し、その売却代金から大谷に右金員を支払うこととして一年間の期日の手形を大谷に交付した。

このため、原告と大谷との間においては売買代金の決済がなされていないので、同人らは、本件土地についての所有名義を変更せず、その代り、大谷が売買を野口に委任した旨の委任状を作成し、野口にこれを交付した。

(2)  原告は、本件土地についての造成工事に着手したが、本件土地が雑木林であったこと、三鷹市教育委員会の古墳指定地であったことなどから、予想外に造成費がかさみ、資金が不足するに至ったので、金策を求めていたところ、訴外小野寺菊雄から紹介された広尾によれば、本件土地を担保に入れれば、同人の内妻である和泉の名義で被告金庫から金三〇〇〇万円くらいを借り出して、これを原告に造成費としてまわすことができるとの話であったので、原告は本件土地の所有名義人である大谷の了承を得た上、本件土地を右の担保に供することとした。

(3)  ところで、被告金庫は、昭和四八年ころから、宝石ブローカーである広尾と取引関係にあり、同人は内妻である和泉の名義で被告金庫と取引していたが、被告金庫としては、和泉は単なる名義人であり、その実質は広尾であると認識していた。

(4)  昭和五二年一〇月ころ、被告金庫の台東支店次長である被告鷲塚は、広尾から不動産を担保に入れることを条件として手形割引の枠を拡げてくれるよう依頼され、同年一二月初めころ、同人の紹介により前記の野口に会った。その際、野口は、前記のとおり大谷から本件土地を買い受けたが、代金を支払っていないため所有名義は未だ大谷のままであること及び本件土地は造成中であって、いずれ売却処分する予定であるが、売れるまでの間担保に提供してもよい旨を述べた。

(5)  そこで、被告鷲塚は、同月一三日ころ、直接大谷と会い、野口の説明が事実であることを確認するとともに、金三〇〇〇万円の根抵当権を和泉の債務の担保として設定することについて大谷に異議がないことを確認したので、さらにその頃、実際上の担保提供者である野口に対しても、和泉の債務について連帯保証人となることを求め、野口はこれを了承した。

その結果、同月二一日、被告金庫は、大谷との間で、本件土地について和泉を債務者として前記根抵当権設定契約及び停止条件付賃借権設定契約を締結するとともに、野口は和泉の債務につき連帯保証した。

以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

(三) 以上の事実によれば、確かに、形式的には本件土地についての根抵当権設定契約は被告金庫と大谷との間で締結されているが、実質的には和泉名義の広尾の債務について本件土地を物上保証人として被告金庫に対し担保に供したのは原告であり、被告鷲塚はそのことを十分認識していたことが認められる。

3.(一) 請求原因3の事実のうち、和泉の金三〇〇〇万円の債務が昭和五四年五月二二日に弁済されたことは当事者間に争いがない。

(二) いずれも原告代表者本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二、第三、第一〇、第一一、第一二号証(第三、第一一、第一二号証は原本の存在、成立とも)、いずれも被告白取本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第八、第九号証(第九号証は原本の存在、成立とも)、右各本人尋問の結果によれば、次のとおりの事実を認めることができる。

(1)  大谷から本件土地を購入した原告は、広尾が前記約定に反して、被告金庫から受けた融資を本件土地の造成費にまわさなかったこともあって、その後、転売先を探していたが、次のように本件土地を二重、三重に売買するに至った。

すなわち、原告は、まず、昭和五三年初めころ、訴外藤祐建設に本件土地を売却したが、約定の期間内に道路位置指定を取ることができなかったため右契約を解除し、同年八月一九日にマルカ建設に売却したが、これについても原告は、道路位置指定がとれないことを理由として契約の解除を申し入れ、さらに同年一一月九日に訴外高松産業株式会社(以下、「高松産業」という。)へ売却した。

(2)  そして、原告は、マルカ建設に契約の解除を申し入れながらすでに受領した手付金を返還できなかったことから、同社との間で訴訟が起こり、また、他に売買契約を締結していることを知った高松産業との間でもトラブルとなったが、昭和五四年二月一九日、原告、大谷、マルカ建設、高松産業の間で、原告とマルカ産業との売買を生かしていくことを前提とした合意が成立した。

(3)  右合意によれば、原告が受領すべき売買代金のうち金三〇〇〇万円については、本件土地につき前記根抵当権設定契約等に基づいて被告金庫のためなされている根抵当権設定登記及び停止条件付賃借権設定仮登記を抹消するために、マルカ建設から直接被告金庫に支払うこととされており、右約定に従って、同年五月二二日にマルカ建設から被告金庫小金井支店を通じて同台東支店に対して右金三〇〇〇万円が送金され、これによって、和泉の金三〇〇〇万円の債務が弁済された。

以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

(三) 他方、原本の存在、成立とも争いのない甲第一八号証、原告代表者、被告鷲塚及び被告白取各本人尋問の結果によれば、次のとおりの事実を認めることができる。

(1)  被告鷲塚は、昭和五三年暮か昭和五四年初めころ、広尾から、原告が本件土地を二重、三重に売買しているという話を聞いたので、野口を呼んで事情を聞こうと思ったが、そのときは野口と連絡がつかなかった。

しかし、昭和五四年二月ころ、野口から、本件土地もようやく売れるようになったから、前記根抵当権設定登記等を抹消してほしいとの電話連絡を受けた。

(2)  それに引き続き、同年三月から四月にかけ、被告鷲塚は、マルカ建設から、金三〇〇〇万円は用意してあるから早く前記根抵当権設定登記等を抹消してほしいとの電話を何回か受け、また、被告金庫小金井支店からも金はいつでも送金できると言われていたが、他方で、右の担保が消滅すれば従来の取引が継続できなくなるため、広尾から新しい担保を探すまで右登記の抹消を待ってくれと懇請されていたので、被告金庫は右の処理を引き延ばしていた。

(3)  そして、同年五月一九日、広尾からの連絡により大谷及び被告白取は被告鷲塚を訪ね、近々被告金庫小金井支店から金三〇〇〇万円が送金されてくるから、前記根抵当権設定登記等の抹消を早く行って欲しい旨申し入れるとともに、被告金庫と広尾ないし和泉間の債権債務関係及び広尾が被告金庫に差し入れている手形、預金等について教えて欲しい旨申し入れた。

これに対し、被告鷲塚は、登記の抹消については了解した旨回答するとともに、債権債務関係については、同席していた広尾の了解を得た上で、当時被告金庫が広尾から差入を受けていた手形及び預金の種類とその額等をメモにして渡した。

その際、被告金庫小金井支店から送金された金員の領収書を誰に対して発行すべきかが問題となり、被告鷲塚は広尾から入金として処理することの了解を求めたが、被告白取は原告からの入金として処理すべきことを主張したため、結局、右領収書は、右支店を通じてマルカ建設に送ることを合意した。

しかし、前記手形等を誰に返還すべきか等の点については、当日は一切話題にのぼらなかった。

(4)  そして、同年五月二二日にマルカ建設に売却された売買代金の一部としての金三〇〇〇万円が被告金庫小金井支店から送金された。被告金庫は、右金員について大谷宛の受領書を作成し、これを被告白取に郵送した。同月二四日被告鷲塚は、原告、大谷及び被告白取のいずれにも無断で別紙担保目録記載の手形を広尾に返還し、同目録記載の預金について右のいずれにも代位させることなく処理した。

以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

これに対し、被告鷲塚及び被告金庫は、昭和五四年五月一九日、大谷及び被告白取が被告鷲塚を訪ねた際、被告鷲塚が大谷及びその代理人である被告白取から別紙物件目録記載の手形を広尾に返還するように指示されたと主張し、被告鷲塚本人尋問の結果及び別件訴訟における同人の証言調書写である甲第一五号証中には一部右主張に沿うかのような供述がみられる。しかし、右部分に関する同人の供述内容は二転、三転し、極めてあいまいであって、およそ金融機関の責任のある立場の人間の供述としてはにわかに措信できないのみならず、被告白取本人尋問の結果に照らしても採用することはできず、他に右被告らの主張事実を認めるに足る証拠は存しない。

4. 請求原因4の事実のうち、被告鷲塚が昭和五四年五月二二日ころ、本件弁済を原告による弁済として処理することなく大谷によって弁済されたものとして処理したこと、当時被告金庫が、原告主張の別紙担保目録記載の手形を広尾に返還し、同目録記載の預金について、原告に代位させることなく処理したことは当事者間に争いがない。

5. 以上の事実を前提として、原告の被告鷲塚に対する請求について判断する。

(一)  原告は、被告鷲塚が、本件土地が登記簿上は大谷の名義になっているもののその実質上の所有者が原告であることを知悉し、また、本件弁済が、原告において本件土地をマルカ建設に売却したため、前記根抵当権設定登記等をはずす必要から右売却代金の内金三〇〇〇万円を充当する形で行われたことを熟知していながら、前記手形等について前記のとおりの処理を行ったことによって原告は法定代位権の行使が不可能となり、実質的には和泉に対する求償権を行使することも不可能な状況に陥ったとして、損害賠償の請求をしている。

(二)  そこで、まず、前記手形等が法定代位権の対象となる担保といえるか否かについて判断する。

まず、別紙担保目録記載の預金について見るに、前掲甲第一八号証原本の存在及び成立につき争いのない乙第三号証、被告鷲塚本人尋問の結果によれば、預金としては、和泉名義の定期積金一九〇万円及び別段預金七〇万円並びに広尾名義の定期預金五〇〇万円が存したこと、右広尾名義の預金についてのみ拘束預金とされていたことを認めることができるが、これらの預金に対して被告金庫が現実に担保権を設定していたとの事実を認めるに足る証拠は何ら存せず、結局、右預金はいずれも代位の対象となる担保には当たらないと解される。

次に、別紙担保目録記載の手形について見るに、被告金庫及び被告鷲塚は、右手形は手形割引に対する債権自体の証書であるから代位の対象となる担保には当たらないと主張するが、前掲甲第一八号証及び被告鷲塚本人尋問の結果によれば、和泉は右手形の額面と同額の債務を被告金庫に対して負っており、マルカ建設から送られた金三〇〇〇万円の一部が右債務に充当されたこととして処理されたことを認めることができるから、右手形は、売買としての性質を有する手形割引として授受されたものではなく、手形を担保とした貸付がなされたものと解するのが相当であり、したがって、右手形については代位の対象となるものと解される。

そして、前掲甲第一八号証によれば、和泉の被告金庫に対する債務は合計金三七六〇万円であったことが認められ、このうちの一部金三〇〇〇万円の代位弁済がなされたこととなるから、原告は、少なくとも手形の額面総額金二七六〇万円から被告金庫が有する金七六〇万円の残債権額を控除した金二〇〇〇万円の範囲(なお、債権者と一部代位者間の関係については、担保権の不可分的性質や債権者を害してまで求償権を保護する必要も認められないことを考慮すると、一部代位者は権利の満足の場においては債権者に劣後すると解するのが相当である。)で担保権を行使することができたものと解することができる。

(三)  そこで、被告鷲塚による前記処理についての不法行為の成否について判断するに、前記認定のとおり、被告鷲塚は、本件土地の所有名義は大谷であるが、原告がこれを買い受け、宅地として造成した上、これを他へ売却処分する権限を有していたことを知っており、また、少くとも、マルカ建設から送金された三〇〇〇万円が原告に支払われるべき売買代金の一部であることは当然認識していたものと認められる。仮に、被告鷲塚において右の各事実を知らず、したがって、右の各権利者はいずれも大谷であったと信じていたとしても、前記認定によれば、被告鷲塚は右大谷にも無断で前記手形を広尾に返還しているのであるから、前記手形が法定代位権の対象となる担保と解される以上、被告鷲塚による右処理は、故意又は過失による不法行為を構成するものといわざるを得ず、したがって、被告鷲塚は、右処理によって原告が被った損害を賠償する義務を負うと解するのが相当である。

(四)  そこで、原告が被った損害について判断する。

(1)  原告本人尋問の結果によれば、被告鷲塚による前記処理により、原告は代位権を行使することができず、結局、和泉に対する求償権を行使することがきわめて困難な事態に至ったことを認めることができる。

そして、被告鷲塚が前記手形について原告に代位させる処理を行っていたならば、少なくとも金二〇〇〇万円については担保権を行使してその回収を図ることができたものと解されるから、原告は右同額の損害を被ったものと解するのが相当である。

なお、被告鷲塚及び被告金庫は、右手形等の担保価値は到底金三〇〇〇万円には達しないと主張するところ、確かに、手形についてはその額面額どおりの価値を有するか否かについては疑問の余地が存するが、右手形が額面額以下の価値しか有していないとの立証が何ら存しない以上、額面額どおりの価値を有したものと判断せざるを得ないものと解される。

(2)  しかしながら、他方原告代表者本人尋問の結果及び先に認定した事実によれば、原告代表者である野口は被告金庫に担保として前記手形が存することを知っており、マルカ建設からの送金によって前記根抵当権設定登記等が抹消された場合には、右手形の返還が直ちに問題になることを知りながら、これを確保するための積極的な行動を余り起こさず、被告金庫が前記の処理をしたこと自体も不注意によりしばらくの間気がつかず、これを放置していたことを認めることができる。

してみると、被告鷲塚は、原告の被った損害額を算定するにあたって過失相殺の主張をしてはいないが、右の事情を考慮するとき、当裁判所は、公平の観点から原告の過失を斟酌せざるを得ず、これによる過失相殺の程度は五割が相当であると解される。

(五) 以上によれば、被告鷲塚は、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償として金一〇〇〇万円の支払債務を負担するものというべきである。

6. 次に、原告の被告金庫に対する請求について判断するに、請求原因6の事実のうち、前記被告鷲塚の行為が被告金庫の事業の執行につき行われたことは当事者間に争いがないから、他に特段の事情が存しない以上、被用者である被告鷲塚が原告に与えたと同額の損害を賠償する責任を免れない。

二、被告白取に対する請求について

1. 請求原因1ないし3の事実及び同4の事実のうち被告鷲塚が本件弁済を原告による弁済として処理することなく、大谷による弁済として処理した上、当時被告金庫が本件弁済によって消滅した和泉に対する債権の保全のために保有していた一切の担保について、原告に代位させることなく広尾に返還し、これを消滅させたことは当事者間に争いがない。

2. 原告は、被告鷲塚による右処理は被告白取と共謀の上なされたものとして被告白取に対して損害の賠償を請求する。

しかしながら、被告白取が昭和五四年五月一九日に大谷と共に被告金庫を訪れて被告鷲塚と会談した際に、マルカ建設からの三〇〇〇万円の送金についての領収書を誰に送るかについては問題となったものの、手形の返還処理等については一切話題にならず、被告鷲塚は同月二四日大谷にも無断で右手形を広尾に返還し、預金についても前記処理をしたものであることはすでに判示したとおりであり、他に被告鷲塚と被告白取が右処理について共謀した事実を認めるに足る証拠は何ら存しない。

以上によれば、被告白取は、被告鷲塚による右処理について関与していた事実を認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく原告の被告白取に対する請求は理由がない。

三、結論

以上の事実によれば、原告の被告金庫及び被告鷲塚に対する請求は、被告ら各自に対し金一〇〇〇万円及びこれに対する被告金庫においては昭和六〇年三月二〇日から、被告鷲塚においては同月二一日からそれぞれ支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、右被告らに対するその余の請求及び被告白取に対する請求は、いずれも理由がないからこれをいずれも棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条九二条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥山興悦 裁判官 福田剛久 土田昭彦)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例